パンダ人。。。 

昨日ね。

たまたま朝の番組で、フジテレビの「めざましテレビ」見てたんですけど

【徒歩で日本一周する着ぐるみパンダ  ってのをやってまして

とにかくビックリしたわけです。

どんなのかはフジテレビこちらをクリック。

左側の上から3番目のテレビのマーク
『要チェック バラエティに富んだ720ZONE』を押して下さい。
ポップアップが出てきますから、「めざまし好奇心」をクリックしてね。



で なにがビックリしたかって?
そうなんですよ〜。
私見たんです〜〜〜〜〜。

パンダさん!

確か今年6月頃。
うちの近所、目の前を歩いていきました。
旦那が・・・、
「おい、パンダが歩っきょるぞ!」と言い、
「はぁああ〜。変わった人もおるもんやなぁ。」
とその時は、ただただビックリ!だったのでよく覚えていました。

で、本当にそうなのかと調べてみると
ありましたありました〜。
どうやら間違いない様子。

この方なんと豆にブログ書いてるんですねえ。
あまりに感動したので無断転用!

着ぐるみ冒険記


6月22日だったのですねぇ。
八栗寺〜屋島寺と行く途中だったようです。
ブログによって、テレビで見るような事やぜんぜん知らない人まで
とても身近に思えて、なんだかとても感動しましたデス。

おまわりさん。。。 

昨日、おまわりさんがいきなり来たんです。
で、いきなり
「今日の午前中、ここで四輪と二輪の接触事故があったんですけど
目撃しませんでしたか???」とのこと。
確かに、うちの近くは頻繁に事故があって衝突の音も聞こえたりします。
たまに、警察に連絡したり、怪我をした人が救急車が来るまで
応急処置的なことをしたことも。。。

でも、たまたまその時間帯は留守にしていて知りませんでした。

どうやら、接触した後うちの前のところで話し合いをしてから
ちょっとした隙に片方が逃げてしまったらしいデス。

「誰か見た人いませんか?」とおまわりさんが言うので
心当たりの人何人かにあたってみましたが誰も見てません。

ちょっとした事故なら必ずわかるんですけどねぇ。

二人で話し合ったというぐらいですから
大きな怪我とかはなかったと思うのですが
逃げちゃ〜だめですよ(T_T)

二十歳ぐらいの黒いセダンに乗った若い女の子らしいですけど。


年末年始、皆さん気ぜわしくなってます〜
安全運転でいきましょうねぇ。

じいちゃん天国へ・・・。 

じいちゃん(義父)が天国へ行ってしまって
早、2週間が経ってしまいました。

月日が経つのって早いですねぇ。
今でも、ふっと思い出してはジワリと涙が出ます。

電話がかかってきて「ドキッ」とすることはなくなったけど、
もうどこを探してもじいちゃんはいません。
本当に寂しくなりました・・・。
BLOG書くと、余計な事を書いてしまいそうで
しばらくためらって、(いや書く気力もなかったのですが)
お休みしてましたが、記憶は薄らぐもの。
気持ちが熱いうちにじいちゃんのことを書いておきます。

末期のガンだと知らされたのが6月。
長い人工透析や、再三にわたる手術のため
本人には手術する体力も、直る確率もほとんどありませんでした。
手術は無理とお医者さんから言われ、
家族の中で本人には絶対知らせず、出来る限り家で過ごそうということになり
普段通りの生活ができるようにしました。
長い間の病気との付き合いのためか、本人には痛みとか苦しみとかが
あまりわからない状態でした。
(周りに気を遣っていたのかもしれませんが・・・。)
「じいちゃん。えらいん?(苦しい?)痛いん?」と聞いても
「いやぁ。別に痛とうない。」といつも言っていました。
最後に痛み苦しんで亡くなったら、本当にかわいそうだけど
それだけが救いでした。

最後の方のじいちゃんは、本当に仙人か天使のようにやさしかったです。
「ありがとう。」
「ありがとう。」
いつもそう言ってくれました。
たぶん、自由のきかない自分の体に苛立ち、
周りにとても迷惑をかけていると思っていたと思います。

「がんばれ。がんばれよ。」
最後にみんなにかけてくれた言葉です。
その言葉は、じいちゃんの人生を一言で象徴するような言葉です。

じいちゃんの最後は学校に急いで娘たちを迎えに行き
家族全員で見送ることが出来ました。
とても悲しかったですが、最後に話したのが旦那(息子)で
そのすぐ1時間後だったことを聞き、
きっと仕事や家のことを託した気持ちになり安心したのだろうと
みんなで話しました。


葬儀、通夜にはあわせて600名近く本当に大勢の方が参列して頂きました。
生前のじいちゃんの人柄が偲ばれます。
葬儀の最後に旦那様がお礼の挨拶をしました。
「父の背中を見て育ち、父は先生であり、恩師であります。
今まで、ありがとうございました。」
と言った言葉にとても重みを感じました。
私も頑張ろうと思ったと同時に、娘もじいちゃんの人となりを
心に刻んだことと思います。

最後の十数年間は病気との闘いで苦しい時期であったと思いますが、
じいちゃんの人生は人として成し遂げた立派な人生だったと思います。
全うして天国へ行って、きっと悔いはなかったと思います。

昨年、病気の体で東京へ行くのは絶対に無理だからと諦めていたのを
旦那が車椅子で連れて行ってくれて
天皇陛下から勲章を頂いて帰りました。
車椅子だったので、最前列に並ばせてもらい
天皇陛下にお声をかけてもらったそうです。
「天皇陛下と膝をつき合わせて話したんや。」と
亡くなる間際まで話していました。

三昨年前、高野山へ一人で行くんやと周囲を困らせ、
それならと5人乗りの乗用車に家族7人が乗り込み(交通違反)
高野山へ納経帳の最後の判をもらいに行きました。
高野山の神聖な空気に触れ、今まで行った場所で一番感動をした
ことを思い出します。

まだまだたくさんの思い出を作ってくれました。
本当にありがとう。

じいちゃん頑張るけんね。
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