寒中お見舞い申し上げます〜。 

遅ればせながらですが(^o^)

今年もよろしくお願いします

2006年はとっても幽霊ブログになってしまいましたが

2007年はもう少し頑張ります〜。



2007年。もうすでに6日も経過してしまいましたが、

決意表明を・・・。




みけは、極端なプラス思考の持ち主なのですが

今年はマイナス思考で行きます〜。


私は以下のことをマイナスすることを誓います〜。

1.口数

2.睡眠時間

3.脂肪

4.無駄遣い

5.ブログの文章の長さ

6.おやつの量

7.食事の量

8.テレビの時間

9.電気代。

10.水道代

11.ネットの時間

12.子供へちょっかい

13.旦那への口答え

14.携帯電話で遊ぶ時間



よっけあるわ〜。

すでにすべての項目が破られていますが

なんとか努力します〜。

じいちゃん天国へ・・・。 

じいちゃん(義父)が天国へ行ってしまって
早、2週間が経ってしまいました。

月日が経つのって早いですねぇ。
今でも、ふっと思い出してはジワリと涙が出ます。

電話がかかってきて「ドキッ」とすることはなくなったけど、
もうどこを探してもじいちゃんはいません。
本当に寂しくなりました・・・。
BLOG書くと、余計な事を書いてしまいそうで
しばらくためらって、(いや書く気力もなかったのですが)
お休みしてましたが、記憶は薄らぐもの。
気持ちが熱いうちにじいちゃんのことを書いておきます。

末期のガンだと知らされたのが6月。
長い人工透析や、再三にわたる手術のため
本人には手術する体力も、直る確率もほとんどありませんでした。
手術は無理とお医者さんから言われ、
家族の中で本人には絶対知らせず、出来る限り家で過ごそうということになり
普段通りの生活ができるようにしました。
長い間の病気との付き合いのためか、本人には痛みとか苦しみとかが
あまりわからない状態でした。
(周りに気を遣っていたのかもしれませんが・・・。)
「じいちゃん。えらいん?(苦しい?)痛いん?」と聞いても
「いやぁ。別に痛とうない。」といつも言っていました。
最後に痛み苦しんで亡くなったら、本当にかわいそうだけど
それだけが救いでした。

最後の方のじいちゃんは、本当に仙人か天使のようにやさしかったです。
「ありがとう。」
「ありがとう。」
いつもそう言ってくれました。
たぶん、自由のきかない自分の体に苛立ち、
周りにとても迷惑をかけていると思っていたと思います。

「がんばれ。がんばれよ。」
最後にみんなにかけてくれた言葉です。
その言葉は、じいちゃんの人生を一言で象徴するような言葉です。

じいちゃんの最後は学校に急いで娘たちを迎えに行き
家族全員で見送ることが出来ました。
とても悲しかったですが、最後に話したのが旦那(息子)で
そのすぐ1時間後だったことを聞き、
きっと仕事や家のことを託した気持ちになり安心したのだろうと
みんなで話しました。


葬儀、通夜にはあわせて600名近く本当に大勢の方が参列して頂きました。
生前のじいちゃんの人柄が偲ばれます。
葬儀の最後に旦那様がお礼の挨拶をしました。
「父の背中を見て育ち、父は先生であり、恩師であります。
今まで、ありがとうございました。」
と言った言葉にとても重みを感じました。
私も頑張ろうと思ったと同時に、娘もじいちゃんの人となりを
心に刻んだことと思います。

最後の十数年間は病気との闘いで苦しい時期であったと思いますが、
じいちゃんの人生は人として成し遂げた立派な人生だったと思います。
全うして天国へ行って、きっと悔いはなかったと思います。

昨年、病気の体で東京へ行くのは絶対に無理だからと諦めていたのを
旦那が車椅子で連れて行ってくれて
天皇陛下から勲章を頂いて帰りました。
車椅子だったので、最前列に並ばせてもらい
天皇陛下にお声をかけてもらったそうです。
「天皇陛下と膝をつき合わせて話したんや。」と
亡くなる間際まで話していました。

三昨年前、高野山へ一人で行くんやと周囲を困らせ、
それならと5人乗りの乗用車に家族7人が乗り込み(交通違反)
高野山へ納経帳の最後の判をもらいに行きました。
高野山の神聖な空気に触れ、今まで行った場所で一番感動をした
ことを思い出します。

まだまだたくさんの思い出を作ってくれました。
本当にありがとう。

じいちゃん頑張るけんね。

風邪?花粉症??? 

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またまた、10日もブログをさぼってしまいました。

書きたい記事が溜まりまくっています。

コメント頂いた方にお返事も書けてません。(スミマセ〜ン)



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